ジュンです。

 

堀部安兵衛 という人物が話題になっていました。

「誰なんそれ?」ということで、調べてみました。。。

 

あ、ちなみに僕は歴史あんまり詳しくないので

そういった方でもなんとなーーく

分かるように簡潔にまとめますね。(笑)

 

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プロフィール

 

まずはじめに、堀部安兵衛とは誰なのか?

調べたところ、歴史上の人物であるということが発覚しました。

 

プロフィールは、こちらみたいです。

 

名前:堀部安兵衛

(本名:堀部 武庸 ほりべたけつね)

生涯:寛文10年(1670年)- 元禄16年2月4日(1703年3月20日)

 

江戸時代前期の武士。

赤穂浪士四十七士の一人。

四十七士随一の剣客であり、高田馬場の決闘で名を馳せた。

吉良邸討ち入りでは江戸急進派と呼ばれる

勢力のリーダー格となった。

通称の安兵衛(やすべえ/やすびょうえ)で知られる。

(出典:ウィキペディア)

 

なるほど、武士の1人なんですね!

しかも四十七士随一の剣客 ・・・

分からないけど何か強そうです。(笑)

 

ちなみに、四十七士とは

赤穂浪士をはじめとした、赤穂事件に絡んだ人物みたいです。

 

⇒赤穂事件は、こちらで!

 

しかも13歳には

浪人(家を出て浮浪者となることみたいです)となり、

父と母もいない中で力強く育っていったみたいです。

 

そして19歳のときには、

堀内正春さんの道場に入門し、

その後すぐ免許皆伝となって堀内道場の四天王とまで

呼ばれていました。

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高田馬場の決闘

 

堀内安兵衛の一番有名な歴史は、

この”高田馬場の決闘” みたいです。

 

簡単にいうと、同門の人が

高田馬場という場所で敵と果し合いすることになり

助っ人をかってでたら、

3人を倒すという強さを発揮したらしい。(笑)

 

いやなにそれ、強いね、(笑)

 

この決闘の活躍から有名になり、

「18人斬り」と呼ばれたそうです。

 

え?

 

18人?

3人?じゃなくて?(笑)

 

 

どうやら、いっぱい倒したみたいです。

歴史に詳しい方、教えてください。。。

 

 

ちなみにその後は、冒頭にもかいてますが

江戸急進派といわれる勢力で

その勢いのままリーダーとして生涯を終えていったとの事です。

 

 

 

まとめ

 

久しぶりに歴史上の人物について、調べました。(笑)

 

今回はだいぶ簡潔でしたが、

さくっと読めるようにまとめたつもりなので

足りないという方は、wiki等で理解を深めてください。。。

 

 

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